威勢の良い起業の話もありますが、廃業の話もあります。それぞれに人生です。
先日、事業をたたんで、次のチャレンジに向けて会社員に戻った方とディスカッションしました。実際には失敗(実験に近い事業立ち上げの課程としての失敗ではなく、一旦、事業を廃業すること)の方が多いわけですから、珍しいことではありません。残念ながら失敗経験というのはシェアされません。なので、色々聞くことにしております。
失敗も後から聞けば当たり前
博打的な失敗もあるのでしょうが、よく言うように不思議の負け無しで、結構失敗理由は「確かにね」というのが多いです。一方で、なかなか止められないという事実もあり、そちらの方が問題かも知れません。失敗からは確かに学べる。しかし、時間をどれぐらい使うか、ですね。
起業も転職も廃業もしてみないと実際はわからない
多分、起業も転職も廃業もしてみないとわからないという気もします。
向こう側の自分は分からない
ということだと思います。一番の問題はイメージなのかな?と思います。何が言いたいかというと、起業する前にあれこれ起業後の事に想いを巡らしても(最低限考えることはありますが)起業した後のそれとは全く異なる世界だということです。
これは廃業の場合も当てはまりそうです。廃業した後の「恥」「サンクコスト(ここまでやってきた過去)」「無になる怖さ」などでズルズルと続けてしまうのも問題です。これは起業に関してズルズルと想像しても同じことかと思います。
会社を休眠して思ったこと
私も上手くいかない会社をそのまま休眠にしてあるものもあります。まさに「意地」とか「自分はできる」とかそんな感じのものですかね。一方で休眠だと思ってしまうとさっぱりしたもんで、たまに過去に創った会社名を言われると「あちゃ!?」とは思いますがなんというか。清々したものだと思います。もちろん、いろんな終わり方はあると思いますが、数名の廃業した人と話すと、なんというか肩の力が抜けたというか、清々としている気もします。結局、廃業した向こう側の自分をずーっと、考え続けて、何かのキッカケで決断して、色々起こるでしょうが、一番つらいのは決められないということ、無くしたくないという固執かも知れませんね。
無くさないと分からない
多分、起業する場合でも思うことは「無くさないと分からない」ということだと思います。これは「肩書」でも「給料」でもなんでもです。逆に廃業して会社に戻ったら給料が出て本当にこんな当たり前のことができる(何かを買うなど)という当たり前の幸せを噛み締めたというのもあるようです。
向こう側に行く勇気
無鉄砲な起業は結構多いのも事実です。一方、いつまでも(実際にあるならいいのですが)「今の会社でやることがある!」というのもちょっと。これは廃業も同じでしょうかね。どうしてもダメなものを続けることを止める勇気ってあると思います。
結局、言えることは、無くさないと、その場にならないと分からない。そこまで悪いものでもないし、物凄く良くも無い。そんな感じなのかなー?と思います。
向こう側の自分に臆すること無く決断する勇気かなー
確か、不思議の国のアリスで猫に道を聞くシーンがありますね。
どっちに行っても道はあるということだと思います。もちろん、それぞれに違う道が、当たり前のようにあるということだと思います。