【01Blog】西日本が熱くなる日。日本人が実はリスクテイカーで日本が起業大国だったとしたら?

投稿者:Goda George
2014/12/01 00:37
実は日本人が起業好きでリスクテイカーだったとしたら?そして、西日本が熱くなる日 日本人は島国に住んでいたし、農耕民族だから、リスクと失敗を恐れ、内向きで、起業なんてもってのほかで・・というとフムフムと頷く人も多いでしょう。問題は常識は常に疑わなければならないということだろうと思います。逆説的に実は日本人は起業好きでリスクテイカーだったとしたら?と仮定してみたらどうなるでしょうか?

IMG_6670 博多駅のイルミネーション

先日、少し勝てる起業家に関してまとめてみました。同じ藤野英人さんの本で「商売に役立つ日本史」という本があります。この本に日本が歴史上必ずしも保守的ではなく、かなりリスクを取って新しいことにチャレンジしていた時代があったことが書かれております。エッセンスの部分はこのエントリーにあります。 この話の中には、操舵技術が未熟で帰ってこれるのは25%の確率しか無い遣唐使に、いわゆる当時のエリートが必死で行ってまで新しい知見を学ぼうとしたこと。また、倭寇の話もあります。いわゆるパイレーツですね。威張れたものではないかも知れないですが、相当のリスクを取りに行ってます。先物取引を世界で最初に行ったのは堂島米会所ですね。

640px-Dojima_komeichibahttp://ja.wikipedia.org/wiki/堂島米会所

もちろん、各国にリスクテイクの時期や保守的になる時期というのがあり、仮に世界でまともに評価したら必ずしも世界で最も日本がリスクを取り起業が好きだったとはならないかも知れないですが、現状の常識である「保守的」ということが必ずしも日本には当てはまらないということです。歴史の文脈の中で「今」そう見えているということでしょうね。 この書籍的には、日本はウミヒコ(内向き:保守的)な時代とヤマヒコ(外向き:リスクテイカー)が交互に入れ替わるようです。例えば鎌倉時代や江戸時代はウミヒコ、室町時代や戦国時代はヤマヒコというところだそうです。また、ヤマヒコの時代には西側が元気であり、ウミヒコの時代には関東に主軸があるという感じのようですね。国際的な関係が過去よりも作りやすい現在ですから今は必ずしもではないでしょうが、西側が重要になるとも言えるわけです。

IMG_6236 江戸時代(ウミヒコ)が変わった時の立役者は西日本だった

現在の起業は東京中心です(70%が関東、30%はそれ以外と予測)。福岡や大阪でも様々な取組が進んでいます。但し、海外を考えず、日本のみを見た場合、この流れ(東京中心)が私は変わるとは思ってません。つまり、中心を他の地域に移すというのが非現実的だと思うということです(無くは無いでしょうが、日本全体を考えてゼロサムゲームは好まない)。ただし、同時に私は東京からは日本は変えられないとも思っているのです。そのような息吹も実は感じています。つまり、日本を変えるリーダは西から生まれるということです。西のリーダが東京やその他のリソースを引っ張り、海外を見据えて日本のリーダであるウミヒコとして活躍する未来は直ぐそこにあるように思えているのです。 01Boosterは日本全体を事業創造できる国にする上でのカタリストとして機能しようと思っております。
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Goda George
共同代表 取締役:01Booster Inc.

MBA、理工学修士。東芝の重電系研究所・設計を経て、同社でSwedenの家電大手とのアライアンス、中国やタイなどでのオフショア製造による白物家電の商品企画を実施。村田製作所にて、北米向け技術営業、Motorolaの全世界通信デバイス技術営業を実施、その後、同社の通信分野のコーポレートマーケティングにて全社戦略に携わる。スマートフォン広告のNobot社に参画、同社Marketing Directorとして主に海外展開、イベント、マーケティングを指揮、KDDIグループによるバイアウト後には、M&Aの調整を行い、海外戦略部部長としてKDDIグループ子会社の海外展開計画を策定、2012年3月末にて退社。現在は01Boosterにて事業創造アクセラレータを運用すると共にアジアにおけるグローバルインキュベーションプラットフォーム構築を目指す。

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